心を鎮める瞑想
神は我々の痛みを測る概念にすぎない
ー ジョン・レノン GODより
エーカーダシーの話
ビートルズのジョージハリスンから影響を受けてインド文化にドップリはまっています。インドでは新月から11日目、満月から11日目は月の力が人間に影響を与えると信じられており、断食や、穀物断ち、肉食断ちが進められるそうです。この日をエーカーダシーと言います。非科学的なようですが、月の引力が生物に対して影響をおよぼしているというのはよく聞きますし、(ウミガメの産卵など)人間が影響を受けていてもなんら不思議はないわけです。なので試しにエーカーダシーの習慣を自分の生活に取り入れるため6月5日は肉食と穀物を食べない果物中心の食生活を行いました。
断食してみて
実は6月5日当日を迎える以前にだんだん自然と食欲がなくなって来たので、このまま拒食症になってしまうような気がして来たので、6月5日を過ぎたら意識的に食べ物を多く摂るようにしています。断食の効果は不明ですが、自然と食欲がなくなって来たというのがミソな気がします。つまり体のメンテナンスとして体の方から消化にエネルギーを使わない食事を望んだのではないでしょうか?
金魚を飼っていた時、金魚の健康のために断食がよく勧められていました。金魚はその旺盛な食欲のために糞づまりを起こしてしまうのです。人間も金魚みたいに定期的に体のメンテナンスのために断食するというのも楽しいと思います。
瞑想のススメ
さてエーカーダシーの日に何らかの影響が精神にあるとして、それは気持ちの高ぶりだったり落ち込みだったりしそうですが、どうしたら精神をニュートラルに保つことができるかというと、東洋では昔から瞑想によってと提案されます。瞑想と聞くと難しく感じますが、要するに我々の心はいつも休みなくおしゃべり(思考)を続けており、心のおしゃべりを受け流していくと、だんだん心がおしゃべりに飽きます。じっと座っていると、最初はずっと心が思考をして、終わりのないおしゃべりを始めますが、それを無理やり黙らせないで、ほっておくと、30分ぐらいすると随分静かになって、その状態がとても心地よいことに気づきます。心の作り出した檻から抜け出したというような言い方を昔からロックスターは使いました。苦しみというものは、心が作り出していたものに過ぎないということに気づきます。これを毎日続けると、「感情」というものが自分の正体ではなく、自分を力づくで歪めてくる要素だという認識に変わってくると思います。習慣化してくると、特に何もなくても予防的にヤバいそろそろ瞑想しなきゃという感覚になります。
瞑想の仕方
上に書いた瞑想の仕方は、禅の瞑想、つまり座禅を教わった時のアドバイスで、僕の意見というわけではなくたぶん一般的な考え方だと思います。曹洞宗の開祖道元さんは、「ただ座る」と表現しました。ただ瞑想の仕方はこれだけではないですし、いくつか知っていると役に立つかも知れません。僕が役に立つと思っている瞑想の仕方をひとつ紹介します。
座って、静かに呼吸します。
自分が嫌いな人、あるいは自分の事を嫌いな人を思い浮かべます。
息を吸う時、思い浮かべた人の怒りや苦しみを吸うように想像します。
まるで自分が空気清浄機の高性能なフィルターになったように想像しながら、毒を自分に受け入れ、吐く息で幸せを思い浮かべた人に与えるように想像します。
これを気持ち良くなるまで行います。
上の方法は、チベットで慈悲の瞑想「トンレン」呼ばれる手法らしく、ネットの情報をさまよっている時に見つけました。ダライ・ラマも毎日やっていると書かれていたと記憶しています。これを行うと、本当に気持ちが楽になりました。しかも自分がピンチな状況に置かれているほど効果があると思います。もしなにか理不尽なことがあったり怒っている事があるとき、これを行えば、解決はしないまでも、いつも通りのお決まりのパターンから抜け出せるかも知れません。
この慈悲の瞑想なら神も仏壇もパワーストーンも使わなくていいので、より多くの人に勧められます。冒頭の神は苦しみの尺度を測る概念に過ぎないというのも一つの真実だと思いますし、現に苦しんでいる人がいるのも一つの真実です。大切なことは、世の中にはいろんな人がいて、いろいろありますが人を拒絶しないことですね。全てを受け入れるよう努力していけば苦しみも減っていくでしょう。
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